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2006年7月22日 (土)

渚のオールスターズ 復活!

渚のオールスターズが18年ぶりに復活しましたね。メンバーはTUBE、亜蘭知子、織田哲郎、ムッシュかまやつに加え、元ZONEのMiyuと愛内里菜が初参加。7月22日のミュージックフェアに出演していました。

なつかしいですね。最初亜欄知子に気がつきませんでした。ずいぶん雰囲気が変わりましたね。昔の青臭さがとれていい感じになっていました。ムッシュが歌うときには、みんな心配でのぞきこんでるみたいでした。もういい年ですし、確かに歌も結構あぶなくて、聴いている方も緊張しました。織田哲郎も結構おじいちゃんになってましたが、昔と変わらず、実に楽しそうに歌ってました。 前田亘輝はさすがの歌唱力でした。

新メンバーですが、愛内里菜もさることながら、Miyu って深みのあるいい声ですねえ。ソロのナンバーも聴いてみたくなりました。

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角谷さんの本

Sumiya1 学生時代机を並べて生物学を学んだ角谷まゆみさんから、著書が送られてきました。「生命論試論」2006年新風社刊 角谷まゆみ著 という文庫版の本で、キリスト者でありまた科学者でもある著者が、いかにして両者の折り合いをつけるかを思索した内容です。

アメリカのキリスト者の中には、進化論をを信じない人も多く、中岡望氏の文章を引用すると「多くの保守的なクリスチャンは今でも「進化論」を信じていません。 --- 中略 --- 彼らは、「進化論」は必ずしも科学的に証明されていないと主張して、種の起源の”他の理論”も教えるべきだと主張しています。その理論とは「インテリジェント・デザイン」で、その考え方は「生命は複雑であり、科学で解明しきれないことが多い。それは生命の起源の背後に創造主が存在するからである」というものです。要するに、種の起源は、創造主の意思によるものであるという考え方も、学校教育で教えるべきだと主張しているのです」
このような中で、進化論ばかりか遺伝子治療も是とした著者の姿勢は、特にこの本が英訳されたときには、大きな波紋を呼ぶことも予想されます。

私はキリスト者ではないので、この本の核心部分については論評する立場にありませんが、大変興味深く読ませていただきました。

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タバコと女性の皮膚の老化

喫煙は血流を悪くし、皮膚の老化を促進すると言われています。フランスの研究チームは、これを確かめるため、同じ町に住む、同じ年頃の、日光にさらされる時間にも大きな変化のない女性;12人のスモーカーと14人のノンスモーカーを対象に、皮膚の輝き・しわなどについて調査を行ないました。

この結果、腕の皮膚については両者で差はありませんでしたが、額については、シワが増え、色つやが悪くなり、毛細血管密度が低下するというデータが得られました。

これは、ひょっとすると体内に取り込まれた煙の成分が害を与えると言うよりも、皮膚の外から浴びる煙(passive smoking)の影響が重要かも知れませんね。他に席が無くても、新幹線の喫煙車両は避けた方がいいと思います。

こんなことを書くと、私は嫌煙家と思われるかもしれませんが、実は一日一本吸います。うそだろうと言われますが、本当です。一日一本のタバコは実にうまいですよ。

Ref. A. Petitjean et al., J. Dermatol. Sci. 42, 259-261 (2006)

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2006年7月16日 (日)

ジダンの頭突き

Barca_logoジダンといえば、わがバルサの宿敵レアル・マドリードの選手ですが、今回の頭突き事件に関して言えば、私は同情します。 彼はクラシコ (伝統のレアル:バルサのゲームでみんなエキサイトする)でも、あまり汚いファウルをしない、希有なレアルの選手だと感心していました。

そもそもこの事件のルーツには、反則行為に対して審判の判定が甘すぎるという問題があります。今回のワールドカップでも、FIFA がオランダ:ポルトガル戦でカードをたくさん出した審判を批判しましたが、私が見ている限り当然のカードでした。もっとばんばん出して、二人:二人とかでやらしてみればいいのです。

ルールがきちんと決まっていて、きちんと守られてこそスポーツが成り立つのであって。基準が明確であれば、イタリアみたいに審判のさじ加減で好きな方を勝たせるなどという八百長もやりにくくなるでしょう。相手のユニフォームをつかむなどというのは、もってのほかの卑怯な行為で、すぐに退場させればいいのです。セリエAのサッカーなどは格闘技技、バックチャージ、抱きつき、ひっぱりのオンパレードで、ユニフォームをつかむなどというのは、あたりまえの日常的行為だとマテラッツイも思っていたのでしょう。

だからこそ、「そんなにユニフォームが欲しければ後でやるよ」というジダンの言葉に逆ギレして「おまえの姉貴は売春婦」などという言葉が出てきたのでしょう。ドラッグやるのは当たり前といっていた過去、そして今審判の匙加減・八百長・試合の私物化により、セリエAは崩壊寸前です。ざまあみろといいたいですね(ああっ いっぱい敵つっくちゃいましたかね~~~)。ついでに、原よお お前杉永とケンカしてどないすんねん!

よく日本のチームはもっとずるいサッカーをやらなければいけないという意見がありますが、ルールにしたがっていることならともかく、特に国際試合は武士道精神を基本としたフェアプレイでやって欲しいと思います。敵に与しやすしと侮られてもいいじゃないですか。胸を張っていきましょうよ。日本の審判もきたない反則にはじゃんじゃんカードを出して、欧州や南米の卑怯で危険なプレイに鉄槌をくだしてほしいと思います(アクシデンタルなオブストラクションなどは流しましょう)。そうすればチームの中心選手がしょっちゅう故障で出られないとか、若くして終わってしまうというようなことは少なくなるでしょう。

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2006年7月15日 (土)

フロレシエンシス その後

Photo_28 ヒトとチンパンジーの祖先は650-740万年頃に分岐したといわれていますが、ある時点で急に分かれたのではなくて、交雑したりしなかったりの時期がかなりあって、完全に分岐したのは500万年くらい前だという説もあります。今の人類は一属(Homo)一種という淋しい種ですが、チンパンジーと分かれて現在に至るまでには、紆余曲折があったようです。私の守備範囲からははずれますが、私も人類の一員ですので、自分のルーツには関心が大いにあります。

さてサルと分かれてからの人類の進化は、大まかには猿人(アウストラロピテクス)→原人(エレクトゥス)→旧人(ネアンデルターレンシス)→新人(サピエンス)といえるでしょうが、この他にも生まれて消えた種は多数あったものと思われます。しかし、そのうちの1種が1万8千年前まで生きていたとなると、ちょっとした驚きでしょう。この発見は2004年にMorwood博士らによって発表されました。

発見された場所は、ニューギニアの西方にあるインドネシア領 のフローレス島で、身長は大人で1m くらい、脳の容量が400ml くらいの小さな種で、骨格から見て二足歩行、犬歯が小さいなどのホモとしての特性を備えています。ちなみに、パプアニューギニアの食人種はもちろんホモ・サピエンスです。ホモ・サピエンスにもピグミー族のように小柄な部族はいます。フローレス島に埋まっていた彼らは、島の名にちなんで、ホモ・フロレシエンシスと呼ばれることになりました。同じ場所・地層から多くの精巧な石器も発見されました。これらの石器については、同時期のホモ・サピエンスが制作したものではないかという批判があったのですが、最近それについて重要な発見が報告されました。

Brumm 博士らは、フロレシエンシスが発見された近所の80万年前の地層から、類似の石器を多数発見しました(Nature vol.441, pp.624-628)。これらは1万8千年前のものと製作法に伝承性が認められましたが、80万年前といえばまだホモ・サピエンスが生まれるはるか以前であり(サピエンスとネアンデルターレンシスが分岐したのは60万年くらい前)、この石器群がホモ・サピエンスの作品であるという説は一気に力を失いました。

ホモ・フロレシエンシスはホモ・エレクトゥスから、ネアンデルターレンシスなどを経由せず、直接進化したものと考えられています。インドネシアにはオラン・ペンデク伝説というものがあり、小柄な獣人を見たという話が長年にわたって言い伝えられています。ひょっとすると、フロレシエンシスがごく最近まで生きていたのかも知れません。ロマンティックですねえ。

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2006年7月14日 (金)

さらば文明人 その3

さて件の石器時代人の日常生活ですが、ほんとに何もない社会だったようです。芋やバナナなどを栽培する畑を持っていて必要な時に収穫するだけなので、毎日畑に出るわけでもなくのんびりした生活です。酒はないのですがたばこは子供も吸っており、これと夜数人で集まって火を囲んでボソボソ話すとか、歌を唄うというのが楽しみなのだろうと西丸氏は観察しています。

常に栄養不足で、40歳になるともうヨボヨボなんですが、光源氏のような高い位の人物でも平安時代には40歳でヨボヨボだったみたいなので、まあそのあたりはちょっと前の日本とたいして変わりないかな。

食人種の部落だから怖いところだろうと思うわけですが、何しろ個人の財産がほとんどないし、生産手段の畑はみんな持っているので、強盗・窃盗・詐欺などの犯罪はなく --- とは言っても文明化すると、たちまちこれらの犯罪が発生するので、彼らが特別高級な人間であるわけではない --- 実は文明社会より、彼らの原始社会の方が平和だと西丸氏は述べています。さらに西丸氏にしてみれば、満員電車で毎日出勤するほうが彼の地よりもずっとつらく、日本の満員電車の環境条件はニューギニア最悪の地よりも余程劣悪で耐え難いとのことです。それより何より、文明社会は必要以上に競争が激しい社会なので、原始社会より格段にストレスが強いという西丸氏の指摘は、いまでも的を得ていると思います。

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2006年7月 8日 (土)

さらば文明人 その2

さて本題の文明人未接触の食人種族ですが、彼らは大パプア高原に住んでいます。 かなりの部落には、すでにオーストラリア政府の役人が入っていて接触済みだったようですが、西丸氏が行った頃にはまだ完全ではなく、いくつかの部落にはまだ手が届いてなかった時代でした。どうしてこんなに遅れたかというと、それは彼の地の気候があまりにも悪かったからだということです。

つまり一日のうち18-20時間は年中土砂降りなので、隣の部落に行くには泥のような地面の土地を走っていかなければならないのです。4時間くらい走ってたどり着かなければ、野営ができないほどの土砂降りになり、体力を著しく消耗してしまいます。さらにそこらじゅうヒルだらけなので、眠ろうものならたちまち体中からヒルに血を吸われて、体がそれこそひからびてしまいます。また踏み跡のような蛮路しかないので、迷えば即死を意味します。

人を食べると言っても、むやみに殺すわけではなく、彼の地では人の心を傷つけることが大きな罪なので、他人の心を傷つければ殺されても仕方がないという感覚なのだそうです。こういうルールなら、ある意味文明社会でも、思慮深く平和な社会が築けるかもしれません。それでも人間の性といいますか、女をめぐる争いは後を絶たず、不倫した女を殺してしまう(確かに不倫は著しく人の心を傷つける行為とは言えましょう)というようなこともままあるようです。

こうした殺人や事故で死人が出た場合などに、食人が行われるようで(病死した人の肉は食わない)、常時栄養失調状態にある彼らにとっては希有のごちそうではあるのでしょう。彼らには死体や骨を神聖なものとしてみる宗教的な心情はないようです。すべての人間は本来宗教的な心情を持つという概念は間違っているということです。

私が特に興味を持ったのは、彼らには酋長というようなリーダーを選んだり、人に序列をつけたりという習慣がないということです。類人猿や文明社会の人間は、きちんと社長、部長、課長などという序列をつけなければ何事も進まないという習性がありますが、 もともと人間にはそんな決めごとはなかったのかと、ある意味少し人間という種を好きになったかもという気分になりました。

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さらば文明人 その1

Saraba 「さらば文明人」は西丸震哉氏の1969年講談社刊の著書で、私が入手したのは1982年版の角川文庫版です。それ以来4-5年に一度は読んでいるので、もう数回通読したことになります。私にとっては、バイブルとまではいかなくても、こんなに何度も読んだ本はありません。ネットオークションなどで、今でも入手可能です。

内容は著者が文明人未接触の石器時代そのままの生活をおくる食人種族を求めて、ニューギニアの奥地を探索するというものですが、本題に入る前にかなり長いイントロがあります。著者は食人種探索の前に、トレーニングとして旧日本軍が行軍したスタンレー山脈横断を試みています。この経験をもとに、著者はこの山脈越えのポートモレスビー攻略作戦(レ号作戦)を計画立案した人がまだ生きながらえているならば、「お前はいますぐにでも千鳥ヶ淵の無名戦士の墓前に進み出て、腹を切るべきである」と糾弾しています。

この記述をきっかけに、私は戦記物を読むようになりました。なかでもガダルカナルとインパールを生き残った高崎伝氏の「最悪の戦場に奇蹟はなかった」(光人社)には強烈な印象を受けました。高崎氏もインパール作戦について「愚将牟田口将軍のもとに、万骨枯れた英霊の無念を思えば、故人となった将軍の屍にムチ打っても、なおあまりある痛恨限りなき地獄の戦場であった」と述べています。総理の靖国神社参拝是非が論争の的になっていますが、実は日本を戦争に導いただけでなく、無茶苦茶な作戦で多くの将兵や軍属を無駄死にさせた、悪魔のような戦争責任者である司令官達の多くが、なんのおとがめもなく生き延びたということの方がさらに重大な問題だと考えます。私は日本人の手でもう一度東京裁判をやりなおし、真のA級戦犯をあぶりだすという作業をやらない限り、太平洋戦争の総括はできないと思います。

それはともかく、西丸氏が歩いた1968年当時、もう敗戦から20年以上たっているにもかからわず、まだ遺骨が縦走路のそちこちに転がっていたようです(ほとんどは疲労餓死)。戦争当時の原住民は、なにしろ石器時代以来はじめて会った外来人が日本軍ということで、本当にびっくりしたことでしょう。

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