教会では人々が暗いうちから忙しく立ち働いていた。
ツリーに様々なデコレーションやイルミネーションが、次々と飾られていく。
ドイツから到着したばかりの鐘が最後に鐘楼にとりつけられた。
これでクリスマス・イヴのための準備がすべて完成だ。
教会の美しい鐘の音が朝を告げた。
時を告げるのはカトリック教会のサービスだが、それはまた教会が人々の生活を支配していることのデモンストレーションでもある。
私はその鐘楼の屋根にいた。
やがて母が飛んできて私を誘う。
「さあ ごはんよ 行きましょう」
市役所がゴミを収集にくるのは10時の鐘が鳴ってからだ。
その30分くらい前が私たちの勝負の時だ。
母はいつも器用に嘴で残飯の袋を破ってくれる。
私は母と共に食べられそうなものを探してくちばしでくわえる。
そして安全な場所に飛び去るというのが私たちの毎日だった。
その日もいつものようにえさを漁っていると、何か木陰で動く気配がした。
そして見慣れない棒のようなものが見えたと思った次の瞬間、その棒が母の脳天に振り下ろされ、母は倒れた。私は大声で鳴いて飛び立った。
上空からみると、棒を持った人間が母を何度もたたき、最後は足で踏みつけて内臓が飛び出した。母は内臓が出たままつまみ上げられ、ゴミ袋に入れられた。私は動転したが、その人間の顔をしっかりと頭に焼き付け、必ずいつか復讐をしてやると心に決めた。
それからまもなく野積みだったゴミ捨て場に金網の囲いが設置され、屋根もつけられた。私はエサ場を失い飢えた。遠くのゴミ捨て場までいってみたが、そこはもう他のカラスのなわばりで、攻撃され深傷を負ってしまった。そして母の復讐を果たせないまま力尽きてしまった。
・・・・・
私は物心ついたときには施設に居た。入り口の扉の前に、手紙もなく置き去りにされていたそうだ。私には人間の父母の記憶はない。そのかわり、教会の鐘楼の屋根から見下ろした美しい景色、ゴミ捨て場、振り下ろされる棒、無惨なカラスの死(そしてそのカラスが私の母であるという記憶)、殺した男の顔が次々と浮かんでくる夢を毎日のように見た。その夢をみると、全身から血が噴き出してくるような怒りで目が覚めるのだ。
そして会社勤めをするようになって数年後、近郊で住居さがしをしているときに、その教会、そのゴミ捨て場のある街に遭遇した。一も二もなく、私はその街のアパートに住居を定めた。
しばらくすると、私の頭に焼き付いている顔の男は街の自治会長になっていることがわかった。年月を経て顔に皺が刻まれていたが、私にはすぐわかった。
私は復讐する前に、彼がどのような人物であるのか知りたくなって、しばらく様子を見ることにした。彼の家はゴミ捨て場のすぐ近くにあり、いつも窓のカーテンの隙間からゴミ捨て場を監視していた。正規の時間外に捨てる人間がいると、ダメだしの注意書きをその人の家のポストに投げ込んだり、不燃物と可燃物を間違えると、そのゴミを出した人の家の玄関まで返しに行ったりするのが日課のようだった。
ある日その自治会長が、袋を破ってエサを漁る野良猫をステッキで撲殺するところを目撃した。はっきりと識別はできなかったが、古いもののようで、母もそのステッキで殺したのかもしれない。
自治会長は週に何日か近所のコンビニに勤めていた。店員としては高齢でもあり、仕事の手際が悪くてよく店長に叱責されていた。しかし自治会総会の時の彼の顔は見違えるように生気に満ち、まるで街の守護神のように輝いていた。
決行の時は偶然やってきた。台風の日の朝、土砂降りでも彼はゴミ捨て場を点検にやってきていた。どうやら手数料を支払ったという証拠のラベルが貼っていない粗大ゴミがあったようで、ステッキを置いて、ラベルが本当に貼ってないかどうか仔細に点検をはじめた。この瞬間を逃してはならない。私は用意した軍手をはめて男のステッキをとり、思い切り後頭部に振り下ろした。倒れてからさらに2-3発頭を殴打し、ステッキを捨てて立ち去った。
少し残念だったのは、あのステッキが母を殺したものと同じものかどうか分からなかったことだ。できればそのステッキで復讐を果たしたかった。完璧な復讐ではなかった。そして完璧な犯罪でもなかった。近所のマンションの上層階から一部始終を見られていたのだ。土砂降りでもゴミ捨て場を監視している人間がもうひとり居たとは不覚だった。私は逮捕された。
警察にも、検事にも、弁護士にも、裁判官にも、私はきちんと自治会長を殺害した理由を述べた。もちろん私の言葉を誰も信じるはずもない。結局、私は精神病院に強制的に入院させられることになった。
私は今病院のベッドの上から、鉄格子越しに青空をみている。これまでの私の人生のなかで、こんなに美しい空をみるのは初めてだ。いや空なんか見たこともなかったような気がする。神に選ばれて生を受けるものもいれば、私のように悪魔の采配で生を受けるものもいる。しかし今の私はその悪魔からも解放され、意味もなく青空を眺めている。意味のない人生はのびのびと自由だ。もう私は生まれ変わることもないだろう。
あの世で母と静かに暮らすのだ。
・・・・・
刑事のひとり守屋は、あの犯人が精神病者であるとは信じられなかった。彼にとって裁判所の決定はとても納得できるものではなかった。取り調べの際、最初から最後まで被疑者のしゃべることはすべて筋が通っていた。ただひとつ、あの動機についての供述だけを除いては。
裁判が終わってから、ある日ふと思いついて、守屋は殺人の目撃者の部屋を尋ね「例のゴミ捨て場の件なんですが、毎日チェックしていらっしゃるわけですよね。ひょっとして何か記録のようなものをつけてますか?」と訊いてみた。
「ゴミ捨て場の記録なんてつけてないよ。でも日記なら昔から毎日書いているけどね」
「昔の話ですが、教会の鐘楼にドイツ製の新しい鐘がついたことって書いてありますかね? 新しいっていっても、もう30年くらい経っていると思いますが」
「それはなんとなく覚えているよ。30年くらい前か。ちょっと待って」
と目撃者はかなり長い時間あちこち探し回っていたが、納戸の段ボールの中から一冊の古い日記を取り出し、パラパラとめくって「ああ これだ」と守屋に手渡した。
守屋刑事はそのページをみて目を疑った。その日に被害者がカラスをたたいて殺したことが記してあったのだ。
(写真は Wikipedia から拝借しました)