硬骨と顎を持つ魚類には大きく分けて2群あり、ひとつは条鰭類(じょうきるい)でいまひとつは肉鰭類(にくきるい)です。私たちも含めて四足動物をすべて肉鰭類としてよいという分類学上の見方もあります(1)。図215-1は Yamamoto らの文献(2)をもとに作成しました。赤枠内が肉鰭類、青枠内が条鰭類ということになります。脊椎動物はその共通祖先が2回の全ゲノム重複を行っており、条鰭類のなかで真骨魚類だけがさらにもう1回の全ゲノム重複(赤い星印)を経ていることが知られています(3)。

図215-1 脊椎動物の系統図 肉鰭類と条鰭類
デボン紀は6千万年ほど続きますが大規模な河川ができて森林も広がり、そのおかげで動物が海から陸地の方向に活動範囲を広げた時期といえます(4)。ただし移住するには多くの問題を解決しなければなりませんでした。池や沼の水は温度が上がり易いので、そうなると溶存酸素濃度が低下し動物にとっては苦しい環境です。そのために肺を持つ魚類がうまれ、彼らは大発展しました。その大発展した魚類が肺魚だけかというとそうではありません。実は図215-1には現存の生物しか記載してなくて、絶滅した生物群は割愛しています。もちろん肺を持つこと以外にも、細胞内のイオン濃度を保持するために浸透圧の調節を行わなければならないとか、淡水には金属イオンが非常に少ないので体内に保持しなければならないなど様々な適応が必要です。
デボン紀の海の支配者は棘魚類や板皮類やサメなどで、現存の硬骨魚類の祖先はマイナーな存在であり、河川などの辺境で生きていくしかありませんでした。中でも肺を獲得したグループが淡水環境に適応して繁栄したと考えられています(5)。当時肉鰭類だけではなく多くの硬骨魚類が肺をもっていたのですが、肉鰭類は特に淡水環境によく適応していました。「革命的進化は辺境から生まれる」ことの好例です。
生物にとって良好な環境だったデボン紀ですが、後期に至って大規模な火山噴火が起こってその良好な環境は大崩壊し生物大絶滅が起こります(6)。大規模な火山噴火はまず塵埃による寒冷化、その後二酸化炭素による温暖化、さらに植物の減少による酸素濃度の低下など環境の激変を招き、棘魚類や板皮類は絶滅しました。肺を持つなどのアドバンテージによって生き残った硬骨魚類の多くは海洋にもどり、もとのニッチを取り戻しました。その代わりに肺を失いました。証拠は多くの硬骨魚類が鰾(うきぶくろ)を持っていることです。鰾はもともと肺だったことがわかっています(7)。ポリプテルスなどは肺を捨てず残したために生きた化石と呼ばれています。一方淡水環境によく適応していた肉鰭類は、肺を有効に活用して淡水環境にとどまり、デボン紀の間に独自の進化を進めてきました(4、図215-2)。

図215-2 デボン紀の肉鰭類と両生類
淡水環境に良く適応したデボン紀の肺魚類には鰭を足に変える途上の構造が認められるパンデリクティス(8)やユーステノプテロン(9)があり(図215-2)、彼らは体長が1メートル以上にもなる大型動物で、当時の浅瀬、池、沼地、潟湖、汽水域では生態系の頂点に君臨していたと思われます。ユーステノプテロンはよい化石がみつかっていて、見た目はまだ魚なのですが、前から大脳(終脳)・間脳・中脳・小脳・橋・延髄という分節した脳が順に並び、12種の脳神経は私たちと同じ数と順序で並んでいるそうです(10)。幸田によれば「脊椎動物の脳や脳神経は、ユーステノプテロンという魚類の進化段階ですでに確立していたことを示している。 脳神経を1本たりとも増やしも減らしもせずに、連綿と引き継いできたのが我々の脳なのだ。」ということになります。 文献10の図を見る限り、私的には分節が明確とは言えないように思いますがどうでしょう。デボン紀後期になると肺魚と両生類の中間生物アカントステガや、ほぼ両生類のイクチオステガが出現します。このあたりの事情については過去記事があります(11)。
肺魚が両生類(四肢動物)の祖先に近縁であること、両者の分岐がデボン紀であることは、2013年の大規模な研究によってほぼ確定しています(12、図215-3)。この図をみると四肢動物が硬骨魚類の1グループであることは明らかで、現在の分類が便宜的であることがわかります。

図215-3 Betancur-R らによる硬骨魚類の系統樹から その基幹部分
現存する肺魚はどんな脳を持っているのでしょうか。現存する肺魚はネオケラトドゥス属1種、レピドシレン属1種、プロトプテルス属4種の計6種が知られています。昔はすべての属の生物を東京タワー水族館で見ることができたのですが(13)、残念ながら2018年に閉館になりました。
肺魚は4億年前から存在し、現在まで類似した形態の子孫が生き延びているという希有な生物なのですが、どのくらい昔の特徴を維持しているのかはわかりません。もちろん4億年の間にはそれなりの進化を遂げているでしょう。彼らが何度も起きた生物大絶滅の時代を生き延びた要因の一つは夏眠できるということでしょう。彼らは乾期には水が枯渇するような環境で生きていたので、ペルム紀にはすでに夏眠する能力を獲得できていたようです(14)。これによって半年間エサがなくても彼らは生存することができます。ただしネオケラトドゥスは水が枯渇するとすぐ死んでしまうそうです(15)。
ここではネオケラトドゥスの脳の解剖図を貼っておきます(16、図215-4)。他の現存肺魚の脳の解剖図も別の論文に記載してあります(17)。これらはフリーに閲覧できます。いずれもユーステノプテロンとは違って、脳の分節化が非常に明確です。それぞれの種を比較すると、似ていると言えば似ている、違っていると言えば違っていますが、ヒトとマウスのような大きな違いはありません。終脳(telencephalon) が大きいこと(もちろんヒトのような異常な大きさではありません)、小脳が小さいことは共通していて、その特徴は四肢動物にも受け継がれています。臭葉が大きいように思われますが、マウスなども結構大きいのでそれほど違和感はありません。頭頂部に松果体がみられることはひとつの特徴でしょう。

図215-4 ネオケラトドゥスとその脳
bol: bulbus olfactorius (臭球)
tel: telencephalon (終脳)
dienc: diencephalon (間脳)
Ep: epiphysis (松果体)
nII: nervous opticus (視神経)
nIII: nervus oculomotorius (動眼神経)
nIV: nervus trochlearis (滑車神経)
tect: tectum mesencephali (中脳蓋)
ccb: corpus cerebelli (小脳体)
aurcb: auricula cerebelli (小脳耳介)
nVs: nervus trigeminus, pars sensoria (感覚系三叉神経)
nllad: nervus lineae lateralis (側方神経線) anterior, pars dorsalis tsc torus semicircularis
nllav: nervus lineae lateralis, pars ventralis
nllp: nervus lineae lateralis posterior
nVII: nervus facialis (顔面神経)
nVIII: nervus octavus (第8神経)
hypoth: hypothalamus (視床下部)
rhomb: rhombencephalon (菱脳)
nIX: nervus glossopharyngeus (舌咽神経)
nX: nervous vegus (迷走神経)
nnspoc: nervi spino-occipitales (脊髄後頭神経)
msp: medulla spinalis (脊髄)
両生類はデボン紀から石炭紀にかけて繁栄しましたが、石炭紀にはもう完全に陸上で生活できる有羊膜類が出現し、ペルム紀の地上は有羊膜類が支配するようになりました。そんな中でも両生類は生き延び、ペルム紀末の大絶滅時代も乗り越えて現在まで子孫を残しました。現存するカエルの中にも肺魚のように繭をつくってその中で夏眠し、水なしで長く生きられる者がいるそうです(18)。カエルの脳の解剖標本を図215-5に示します(19)。
図215-6はリチャーズらが発表した研究結果です(20)。図215-6Aのように明確な分節が見られます。図215-5も参照してください。ただし小脳がきわめて貧弱なところは肺魚と同じです。BはAの赤点線の位置で切断した切片を染色したものですが、さまざまなタイプの細胞が9層の構造をつくっていると著者は述べています(20)。Cのようにカエルの脳は変態の少し前に大きく構造を変えて分節が明確化します。「個体発生は系統発生を繰り返す」の好例なのでしょう。Dはオタマジャクシ時代の視蓋で、Bと比べると非常に単純な構造であることがわかります。

図215-5 アフリカツメガエルの脳

図215-6 変態前および後のアフリカツメガエル視蓋 Aの赤点線部分の切片染色標本がB Cは発生ステージによる脳の発達(最下段は変態直前) Dはオタマジャクシの視蓋切片染色標本 この図についての詳細を知りたい方は参照文献20をご覧ください
魚類・両生類は耳がないので内耳で音を聴くという点が私たちと大きく違います。カエルの鼓膜は脳に張り付いていて、音の周波数によって振動する細胞が異なるので音を聞きわけることができます(21)。
参照
1)ウィキペディア:肉鰭類
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%82%89%E9%B0%AD%E9%A1%9E
2)Kei Yamamoto, Solal Bloch and Philippe Vernier Develop. Growth Differ. (2017) 59, 175–187
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdf/10.1111/dgd.12348
3)佐藤行人、西田睦 全ゲノム重複と魚類の進化 魚類学雑誌 56(2):89-109 (2009)
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010792508.pdf
4)ウィキペディア:デボン紀
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%9C%E3%83%B3%E7%B4%80
5)やぶにらみ生物論16: デボン紀の生物1
http://morph.way-nifty.com/grey/2016/04/post-daf1.html
6)東北大学プレスリリース 海保邦夫 ペルム紀の大量絶滅に続きデボン紀の大量絶滅も大規模火山活動が原因 初めての陸上植生崩壊と大規模火山活動の同時性を実証 (2021)
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2021/02/press20210222-01-devonian.html
7)ウィキペディア:鰾
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B0%BE
8)ウィキペディア:パンデリクティス
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AA%E3%82%AF%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B9
9)ウィキペディア:アカントステガ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%88%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%AC
10)幸田正典: 魚にも自分がわかる──動物認知研究の最先端, 筑摩書房 (2021)
http://www.m-ac.jp/living_being/animal/chordates/vertebrates/fish/brain/index_j.phtml
11)やぶにらみ生物論17 デボン紀の生物2
http://morph.way-nifty.com/grey/2016/04/post-4a62.html
12)Ricardo Betancur-R. et al, The Tree of Life and a New Classification of Bony Fishes, PLOS Currents Tree of Life. (2013)
doi: 10.1371/currents.tol.53ba26640df0ccaee75bb165c8c26288.
https://currents.plos.org/treeoflife/article/the-tree-of-life-and-a-new-classification-of-bony-fishes/
13)東京タワー水族館 その2
http://morph.way-nifty.com/grey/2006/11/post_a3dc.html
14)ウィキペディア:肺魚
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%A7
15)ウィキペディア:オーストラリア肺魚(ネオケラトドゥス)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%A7
16)Rudolf Nieuwenhuys, Topological Analysis of the Brainstem of the Australian Lungfish Neoceratodus forsteri
Brain Behav Evol 2021;96:242–262 DOI: 10.1159/000516409
https://karger.com/bbe/article/96/4-6/242/821589/Topological-Analysis-of-the-Brainstem-of-the
17)AM Clement and PE Ahlberg, The First Virtual Cranial Endocast of a Lungfish (Sarcopterygii: Dipnoi), PLoS ONE vol.9(11) (2014), doi:10.1371/journal.pone.0113898
file:///C:/Users/Owner/Desktop/215/%23lungfish%20Clement.pdf
18)logmiBiz: Hank Green 乾燥する地域で水分を温存するための奇策
https://logmi.jp/business/articles/163229
19)Erik Zornik, D. Kelley Hormones, Brain and Behavior, Third Edition, pp.131–144, Hormones and Vocal Systems: Insights from Xenopus., Elsevier (2017)
Erik Zornik, Reed College, Portland, OR, USA
http://www.columbia.edu/cu/biology/pdf-files/zornik_and_kelley_2017.pdf
20)Blake A. Richards, Carlos D. Aizenman and Colin J. Akerman, In vivo spike-timing-dependent plasticity in the optic tectum of Xenopus laevis.,
Frontiers in Synaptic Neuroscience vol.2, Article 7 (2010)
https://www.researchgate.net/publication/50597005_In_Vivo_Spike-Timing-Dependent_Plasticity_in_the_Optic_Tectum_of_Xenopus_Laevis
21)logmiBiz: Stefan Chin, カエルには外耳がない
https://logmi.jp/business/articles/323229
最近のコメント