神経伝達はシナプスを経由して行われますが、そのシナプスが機能を発揮するためのメカニズムについては、これまで学習してきたように「1.シナプス前細胞のシナプス小胞が細胞質から神経伝達物質をとりこみ、2.それをシナプスのアクティブゾーンからエキソサイトーシスでシナプス間隙に放出し、3.放出された神経伝達物質をシナプス後細胞が受け取る」という順序で行われることがわかっています。
そのためにはまずシナプス前細胞のバリコシティー(ふくらみ)が電位変化を察知し、それを生化学的プロセスに変換しなければなりません。これをおそらくすべての神経を持つ生物はカルシウムチャネル(1、2)を使ってやっていると思われますが、おそらくというのは有櫛動物だけはほかの門の生物とは非常に異なる神経システムを持っていてはっきりとしない点があるからです。そのため生物進化において神経のルーツがひとつであるのかふたつなのかという論争が続いているほどです(3、4)。ただ有櫛動物も筋収縮についてはカルシウムシグナリングに依存しているようですし(5)、神経細胞においても電位変動を最初に感知し、カルシウムの流入によって生化学的変化を起動しているのはおそらく有櫛動物の場合もカルシウムチャネルだと考えられています(6)。カルシウムチャネル自体の歴史は非常に古く、ルーツは細菌までたどることができます(2、7)。ですから神経伝達のためのツールとして使うのは多細胞生物による流用です(8)。
電位依存性カルシウムチャネル(voltage-dependent calcium channel: VDCC)についてはすでに参照文献2で詳しく述べましたが、この分野の研究は進んでおり、ここでは京都大学森研究室がHPに掲載している図を多少改変して貼っておきます(9、図245-1)。
図245-1 電位依存性カルシウムチャネルの立体構造
森研究室の研究では、RIMファミリーのタンパク質が電位依存性カルシウムチャネルとシナプス小胞を繋ぐ役割を担っており、シナプス小胞のエキソサイトーシスにかかわっているとしています(9)。今回はそのシナプス小胞のエキソサイトーシスについて触れたいと思います。
シンタキシンは一般に細胞内小胞輸送において膜融合に関わるタンパク質のグループですが、シナプス小胞が細胞膜と融合し、エキソサイトーシスによってシナプスに神経伝達物質を放出するという神経細胞特有のプロセスにおいても主役の1つを担っています。シンタキシンについては脳科学辞典に詳しい解説があります(10)。そこにある図のひとつを図245-2とします。
細胞膜のタンパク質であるシンタキシンのH3ドメインとシナプス小胞膜のタンパク質であるシナプトプレビンがSNAP-25を介してつながる構造をSNARE複合体と呼び、この構造形成によって小胞と細胞膜が結合しエキソサイトーシスの契機となります(図245-2)。
小胞と細胞膜がのべつ幕なしに結合すると困るので、通常はHabcドメインがH3ドメインと結合していてSNARE複合体ができないOFFの状態になっています。カルシウムチャネルから情報がくると立体構造が変化して、SNARE複合体が形成されることになります(図245-2)。
図245-2 シナプス小胞が開口放出を行う前に形成されるSNARE複合体の立体構造模式図
脳科学辞典によると「シンタキシンファミリーは少なくとも16種類のアイソフォームが存在し、そのうち多くが線虫から哺乳類に至るまで進化的に保存されている」と記載されています(10)。図245-3で各動物におけるそれらのアイソフォームの存否をまとめてみました。1A、4、5、6、7、16、17、18の8つのアイソフォームは各動物が保有しています。このことはカンブリア紀以前の段階でこれらのアイソフォームは確立され、各門の動物がその後引き継いだことを意味します。
頭索動物(ナメクジウオ)、尾索動物(ホヤ)、円口類(ヤツメウナギ)、棘皮動物(ウニ)、半索動物(ギボシムシ)などについても情報が得られると、より詳しく生物進化とシンタキシンの関係がわかると思いますが、この図でもヒトにしかないアイソフォーム(シンタキシン10)、後口動物だけ(あるいは哺乳類だけ)にみられるもの(シンタキシン1B、11、19)があることは注目されます。
小胞と細胞膜が結合するようなシステムは多くの細胞で必要なので、シンタキシンはほとんどの細胞に存在しますが、神経細胞と分泌細胞に特異的に存在するのはシンタキシン1A、1Bとされています。ただまだ局在がわからないもの、cDNAしか知られていないものなどがあり、シナプスで使われるシンタキシンのアイソフォームは完全には解明されていないようです(10)。
図245-3 シンタキシンのアイソフォーム
すでに「小胞と細胞膜がのべつ幕なしに結合すると困るので、通常はHabcドメインがH3ドメインと結合していてSNARE複合体ができないOFFの状態になっています」と述べましたが、MUNK18はシンタキシン1の不活性なクローズドフォームを維持するために機能しています。これに対してカルシウム存在下でシナプトタグミンはシンタキシン1を活性化し、SNARE複合体を形成するためのコンフォメーション変化に寄与することにより膜融合を促進します。MUNK13もシンタキシン1の活性化に寄与します(11、12、図245-4)。
図254-4のQaは、シンタキシンのH3ドメインにあるSNAREモチーフです。SNARE複合体はこのQaのほか、SNAP-25AのQb・Qcモチーフおよびシナプトプレビン2のRモチーフによって構成されています(図245-4)。
図245-4 シンタキシン1のコンフォメーション変化とSNARE複合体の形成 カルシウムイオンの流入によって、シンタキシン1はクローズドフォームからオープンフォームに変化しSNARE複合体を形成する
SNARE複合体による膜融合についてはさまざまなモデルがありますが、Shen Wang らが提出しているモデルは図245-5のようなものです。これによるといったんシナプトブレビン2-Munc18-Munc13-シンタキシンが複合体を形成することによって(b)シンタキシンが活性化し(c)、Muncが解離すると共にSNAP-25が結合してSNARE複合体が形成され、シナプス小胞と細胞膜が結合するとしています。
図245-5 Shen Wang らの膜融合モデル
一方京都大学の森研究室HPのモデルでは、カルシウムチャネルがα-RIMを介してシナプス小胞を細胞膜につなぎ止めるということになっていて(9)、議論はつきないようです。ポイントはカルシウムチャネルが直接的に膜融合にかかわっているのか、それともカルシウムの流入を介してのみかかわっているのかということです。
参照
1)脳科学辞典 電位依存性カルシウムチャネル
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%9B%BB%E4%BD%8D%E4%BE%9D%E5%AD%98%E6%80%A7%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%A6%E3%83%A0%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%8D%E3%83%AB
2)続・生物学茶話191: 電位依存性カルシウムチャネル
http://morph.way-nifty.com/grey/2022/10/post-d9a164.html
3)Nature digest, Vol. 11 No. 8 News 深まるクシクラゲの謎
https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v11/n8/%E6%B7%B1%E3%81%BE%E3%82%8B%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B2%E3%81%AE%E8%AC%8E/54610
4)Eisuke Hayakawa et al., Mass spectrometry of short peptides reveals common features of metazoan peptidergic neurons., Nature Ecology & Evolution, vol.6, pp 1438-1448 (2022)
https://www.nature.com/articles/s41559-022-01835-7
5)Robert W Meech, Andre Bilbaut Deceased, Mari-Luz Hernandez-Nicaise, Electrophysiology of Ctenophore Smooth Muscle. Methods Mol Biol., vol.2757, pp.315-359. (2024)
doi: 10.1007/978-1-0716-3642-8_15.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38668975/
6)Adriano Senatore, Hamad Raiss and Phuong Le, Physiology and Evolution of Voltage-Gated Calcium Channels in Early Diverging Animal Phyla: Cnidaria, Placozoa, Porifera and Ctenophora., Front. Physiol. vol.7: article 481.(2016)
doi: 10.3389/fphys.2016.00481
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27867359/
7)入江克雅 下村拓史 国立生理学研究所プレスリリース 細菌のセンサーから紐解く 神経刺激を伝えるタンパク質の太古の姿
https://www.nips.ac.jp/release/2020/02/post_409.html
8)ウィキペディア 流用(生物学)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%81%E7%94%A8_(%E7%94%9F%E7%89%A9%E5%AD%A6)
9)京都大学大学院工学研究科 森研究室HP
http://www.sbchem.kyoto-u.ac.jp/mori-lab/research-a.html
10)脳科学辞典 シンタキシン
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%B3
11)脳科学辞典 SNARE複合体
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/SNARE%E8%A4%87%E5%90%88%E4%BD%93
12)Shen Wang, Yun Li, Jihong Gong, Sheng Ye, Xiaofei Yang, Rongguang Zhang & Cong Ma, Munc18 and Munc13 serve as a functional template
to orchestrate neuronal SNARE complex assembly., Nature Commun., 10:69 (2019)
https://doi.org/10.1038/s41467-018-08028-6
https://www.nature.com/articles/s41467-018-08028-6
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